詩と歌詞
洪通(福建)の古槐の歌――劉開斌 かつて、地方誌や散見する諸書をひもとくうちに、幾千年にわたり霧に包まれていたその塵が、再びかき立てられるのを見た。洪通の古槐は、悠久の時を越えてその魂を保ち、五公松とならび、同根の仲である。漢の高祖や武帝でさえも奇跡の遺物へと変じた今、この樹だけはなおその名を伝え、子孫の子孫にまで受け継がれている。 古来より、いかにして火災の劫難を免れ得ようか。西河すらも、雷鳴の斧が刻んだ傷痕を目にしている。神々の戦士たちが威勢をふるったときの光景は、想像するだに恐ろしい――轟く雷が怒りに満ちて唸り、野性を解き放って疾走したのだ。女体は生涯にわたり低く身を屈め、怯えながらうずくまっていたのに、千尋の高さを誇る巨石は、崑崙の山嶺から転がり落ちてきた。枝葉がねじれた戦いのあとにも、樹の怒りはなおくすぶり、その腕はいつまでも天門へと伸び続けている。 長年のあいだ、あらゆる物質は崩れ去ったが、その頑固でねじれた根はなお深い礎を示している。惜しむらくは、三代にわたり繁茂し、枝葉は青々と茂り、気品ある風姿は絶えることなく更新されてきたことだ。しかし、こうしたことは凡俗の事柄にすぎず、とりたてて称えるには足らず――その名は、ただ囁かれる物語と微かな讃美の中にのみ、なお残っているのである。 時の移り変わりとともに、元朝の鼎は倒れ、谷は逆さまにひっくり返る。天下には棘と杖が遍く生え、民はますます少なくなっていく。三晋では、汗の流れのように雨が降り注ぐように、繁栄が幾重にも増し、朝廷の勅令は均衡を回復するために働き続けている。
洪洞の槐の木の歌(シンガポール) 陳雪娥作 見よ、人は根を持ち、木には幹あり。終わりを敬い、遠き昔を偲びながら、われらは子孫へと受け継いでいく。 黄土の大地より炎帝と黄帝が生まれ、ともに我らは共通の祖先と称し、栄光を分かち合う。 家はどこにあるのかと問われれば、私は答える――山西・洪洞にこそ、私の本当の故郷があると。 さて、どこの村や集落かと尋ねられても、それはただ霧に包まれたぼんやりとした影にすぎない。ただ覚えているのは、古寺とあの大きな槐の木だけだ! 大きな槐の木、先祖の樹――自らの根を見出し、その根へと帰る道は、決して誤ることはない。その濃い陰は青々と茂り、まるで春そのものを抱きしめているかのようだ。 先人たちが書き記した家系譜は、かつて明の初期より、わが民が次々と移住を始めたことを物語る。 中原はかつて皇権の座であり、英雄たちがまさに遊びのように覇を競った地であった。民は果てしなく散り離れ、やがて一瞬にして、広大な大地が数百里にわたって荒涼と化した。 時折、南への移動は混乱を招き、福建や広東の人々は客家として知られるようになった。いったん客家となった者は、めったに故郷へ戻ることはなく、やがてその子孫たちはさらに遠く海外へと旅立っていった。 元朝の末期に至ってもなお、再び騒乱は激しさを増し、両河の流域では……
古木の槐に捧ぐ歌(湖南)――朱兆林 洪洞の古槐は、天下の奇観にして、 茂る枝葉と濃い緑に包まれ、雄々しい雅趣をたたえている。 緑の雲が大地を覆い、青々とした幕を広げ、 深緑の色は天へとそびえ立ち、まるで優美に弓なりにそり返る眉のようだ。 故郷に生まれて、幾千年もの間立ち続け、 秦も漢も、年齢など知らず、その歳月はすでに忘れ去られている。 徳に従って土から生じ、 君子は小さな行いを積み重ねて大きな業を成す。 十丈にも及ぶ幹は霜雪に耐え、 数多の根から枝は遠く広く張り巡らされる。 高潔な気概は天地の広大さに満ち、 高位にあっても動かず、その節操を揺るぎなく保つ。 葉が散れば根へと還り、土を肥やす。 その根から紡がれる文化は、代々受け継がれていく。 家郷への懐かしさと先祖への敬慕の念のうちに、 厳黄の子孫たるわれらは、皆、胸を張って憧憬の眼差しを向ける。 木には根があり、水には源がある。 生きとし生けるものは皆、天の命を受けてこそ存在する。 いかなる真の土地の子が、この木を尊ばぬことあろうか。 赤い血潮に満ちた心で、黄帝に捧ぐ。 今日、春は中国の大地に深く息づき、 我らの山河は、黄金の世が再興される日を待ち望んでいる。 春の無限の恵みは、誰ひとりとして見捨てることなく、 その陰のもとでは、太陽の温もりが南へと遠く広がる。
第九日、洪洞県へ戻り、大槐樹に挨拶を捧ぐ (遼寧)徐長紅 ある日、青々とした雲は揺り落とされ、すっかり集め去られ、 荒涼たる街路には秋の寂しさが満ちている。 さすがに西風といえども、すべてを吹き去ることはできない―― 年々と、故郷への懐かしさが枝にしがみついている。
