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荊君児は、大槐樹を題材に一首の詩を詠じ、随って「水調歌頭」の調で一編の詞を筆した。

2018-01-30


荊君児は、老槐樹を題材に一首を詠み、さらに同郷の郭玉珍に宛てて「水調歌頭」の調で即興的に詞を一編寄せた――その老槐樹はどこにそびえ立つのか。村には小川がくねりと流れ、皆この地こそが移住した人々の故里であると口々に語る。しかし、いったい何年にこの地へと移り住んだのだろうか。車を停めて問うてみたいものだが、時の流れと世代の浮き沈みのうちに、古の物語はやがて色あせ、昔の伝承も今や失われてしまったのではないかと恐れる。夕陽と西風のただ中に、我が故郷の山々を歌おう。小さな亭に憩い、高く聳える楼に登って、汾河の渓谷を眺める。過ぎし日々を思い起こせば、海が桑田へと変わりゆくまで、世は幾度となく変転を遂げてきたではないか。人はさまよい、漂い、木々は芽吹き、枯れ、伐られ、すべては大いなる変化の流れに従う。それでもなお、この地の民は繁栄し、その子孫は世界の果てまで広く広がってゆくことを願う。

荊君児は、大きな槐の木を題材に一首の詩を詠じ、随って「水調歌頭」の調で一編の詞を筆した。

(同郷人)郭玉珍

さあ、どこにこそ、あの古の槐の木があるのだろうか。村を一本の小川がくねりと流れ、人々は皆、移住した者たちの跡地のことを語る――しかし、いったい何年にその地が生まれたのだろうか。馬車を止め、問おうとも思うが、時の長い流れと幾世代も過ぎ去った今、古の物語はとうに失われてしまったのではないかと、恐れ入る。夕陽と西風のただ中に、私はただ故郷の丘々を歌うほかはない。

憩いのための小さな亭、汾河の谷を見下ろす高き楼。過ぎし日々を懐かしみつつ、幾たび山河は変じて来たことか。人はさまよい移り、木は咲き誇り、やがて枯れ、伐られ、また植えられる――これこそ大いなる移ろいの営みである。されどこの民、世界に広く繁栄してほしいものだ。

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洪通の大イチョウ