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古代の大槐樹誌の銘文

2018-01-30


古大槐樹誌の銘文 (本県の出身者) 郭肇祺  大槐樹にまつわる移住の逸話は、県の旧記には記されていない。しかし、景爾愚先生の懸命な尽力により、これらが広く称揚され、顕彰されたことによって、この史跡は後世にまで伝えられたのである。己未年の夏、景先生は氷門を訪れて、自ら蒐集した詩・賦・詞・歌序を数篇献じ、古大槐樹に関する諸資料の集成を完結させるため、拙者が補遺の一編を添えることを請われた。ただ、わが才覚はささやかなるのみ、いかにして越権を企てようか。景先生の真摯なる志に感動し、とりわけこの史蹟の隆盛に関わるゆえんたるゆえに、やむを得ずここに追悼の辞を撰して、その高潔なる行状を記録せんとす。筆力は決して雄弁ならずとも、拙作が巧みであるか拙劣であるかは、もはや問題ではない。ただ、方位を定め、四正を識り、地を測り、民を察する王建国のみが、陰陽の相生相克を究め得るのだ。万物の生成発育は、すべてこれに秘せられる。明の初年に至り、版図を拡張し、辺境を開き、資源を慎んで配分した……

古代の大槐樹誌の銘文

(イレン)グオ・チャオチー

偉大なる槐樹の下へ人々が移り住んだという伝説は、古来より郡の編年史には記されぬままだった。しかし、鄭爾禹氏の細やかな尽力と熱心な働きかけにより、この歴史的名所は幾世代にもわたり後世に伝えられるに至った。己未の夏、鄭氏は氷門を訪れて、自ら蒐集した詩・賦・詞・歌序を数篇献じ、この古来の偉大なる槐樹にまつわる諸資料を一層完備するため、補遺の一章を添えるよう私に請われた。我ながら微々たる才覚にすぎず、どうして分際を越えたことを敢えて企てられようか。とはいえ、この由緒ある名所の保存と振興に深く結びつく鄭氏の誠実な志に感動し、その高潔なる行いを記すために、ここにこの讃辞をあえて筆を執った次第である。拙劣にしてこそあれ、巧みなるか拙きかは、もはや問題ではない。

国家を創設し、その都を定め、その方角を明らかにするのは、ただ王のみである。王は国土を巡視して民を定め、その陰陽を審らう。誕生・成長・養育の諸事において、一切のことが漏れることはない。

明の初期には、領土が拡大され、辺境が開拓された。豊かさをもって不足を補い、欠点を正して既に強固なものをさらに伸張することで、天下はますます繁栄を極めた。そのころ、民は隆盛を極め、これを「古陽」と称した。

場所が過密になると、新たな地へ移転するのが最善の策である。滁州や賀州はかつて繁栄した町であったが、今では辺境の荒涼とした地に孤立している。広大な不毛の土地が、かつての豊かさとは対照的に厳然と立ち並んでいる。

水は稲に適し、陸は粟に適す。初夏には苗を移植し、九月には脱穀場が整えられる。帆を揚げ、車を駆り立てて、天の倉を満たす。

東方から海・岱に至るまで、その漁業と塩業はいずれも強盛を誇った。領土を拡大し、植民地を築き上げ、その影響は広く遠く及んだ。かつての豫州の地は、この王国の中枢に位置していた。

移民も穀物運搬者も、正しい道を歩む者であれ誤った道に迷う者であれ。農夫は鋤と鍬を担ぎ、学者は書物を携える。職人は自らの技芸に秀で、商人はますます繁栄を重ねる。

備えは包みに包まれ、袋や鞄に詰められる。妻と乳児を抱きかかえ、われらは急いで足早に進む。あなたの家も、あなたの畑も、まるで忘れてしまったかのように、あなたは捨て去る。

桑と琴――愛は甘い中国のタルクノキのごとし。太古より、山や峠はかけがえのない結びつきの要であった。旅路は、山道にせよ海を越えるにせよ、常に艱難辛苦に満ちていた。

野蛮人を文明化し、衣を着せよ。ましてや、彼らが我らの心のふるさとにいるのならば、その変化に何の害があろうか。国家の進歩こそ、歴史の栄誉である。

しかも、この末世には、大地は険しくも広大である。道は稲妻のごとく迅く、車輪は風を凌ぐほどに速く、南の越から北の胡に至るまで、すべてが悠々と進み、高く舞い上がる。

彼らは辺境を定住させ、国境沿いに家を建てることを語る。さらには移住についてまで議論し、費用や手配は果てしなく錯綜している。これでどうして古人の智者による業と称せられようか。後世の人々はただ狂人でしかない。

正しい道から逸れれば、誰もがそれぞれの故郷をいとおしむ。緑のイナゴノキは鬱蒼と繁り、汾河はゆったりと豊かに流れている。晋の柏はいつまでも青々としており、玉の峰々は重なり合うように幾層もの緑をたたえている。

師が魯に赴かれたとき、師の廟の前に立ちたもうた。この遺物とこの情念――古の遺跡と輝かしき事績は、かくして称揚される。酒を携えて舟に乗り、ともに時の移ろいを語り合うこそ、ふさわしいことである。

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洪通の大イチョウ