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古代の大イナゴの木のほとりで思うこと

2018-01-30


古木の槐(シャンリン)に寄せて――梁培之(子傑) 一、この古木の槐は、こぶだらけでねじれた幹を抱きながら、一体どれほど長い間、ここに立ち続けてきたのだろうか。聞くところによれば、人々が初めて移住を始めたのも、まさにこの地であったという。異郷の地では、かつて維子の嘆息が響いたものだが、あらゆる変遷のただ中にあっても、落葉の哀しみを覚えることはめったにない。今や旅人は故郷への懐かしさを慰め、行路の人はふるさとの土を思わずにはいられない。階段を上りながら、私はしばし足を止め、遠くを見つめる――見上げれば、道端に枝を垂らすあの高くそびえる塔が、なんと幸いなことか。 二、天は、流罪となり再定住する者たちに、永遠に故郷と隔たれ、異国の果てで年月を過ごすよう定めたのだ。この古木の槐に手を触れると、胸のうちがいっそう感動で満たされる。その広大な樹陰の下を通りかかる旅人もまた、ひとときため息をつくにちがいない。里へと帰る道では、馬さえも立ち止まり、道沿いの古い枝には、なお烏の群れが集まる。思い起こすのは、かつての科挙の日々――長亭のほとり、黄菊の下で、受験生たちが語り合っていたあの光景を。

古代の大イナゴの木のほとりでの思索

(シャンリン)リャン・ペイチー(紫位)

まず

そのこぶだらけの幹をもつ古代のイタヤカエデは、いったいいつ、はじめて根を下ろしたのだろうか。人々の移住がここから始まったと聞く。異郷の地で、かつてはミ・ズィのため息が立ち昇ったものだが、変化は常に豊かであっても、戦死者の墓に寄せる哀しみは、めったに感じられることがない。

今日、歩行者は郷愁を和らげるひとときを見いだし、旅人はふるさとへの懐かしさを禁じ得ない。階段を上りながら、私はしばし立ち止まって物思いに沈む――道端にそびえる高塔がたおやかに垂れ下がるさまを目にできるとは、なんと幸いなことだろう。

第二に

天は追放を定め、故郷から永遠に遠く離れ、異国の地で年月は過ぎていく。私は古木の槐に寄りかかり、いっそう深い思いに誘われる――大樹の下を通りかかる旅人は、思わずため息をつくだろう。

帰途の道すがら、我が駿馬は立ち止まり、路傍にはまたもや枝葉が烏を寄せ集めている。思い起こすのは、あの科挙の日々――長亭のほとり、黄菊の下で試子たちが語らっていたことを。

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洪通の大イチョウ