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古代のイナゴノキをめぐる思索

2018-01-30


大槐樹をめぐる思ひ 王開田著 天は人の地を互いに交わらしめ、 かくて人々は北にも南にも、漂いながら定まる。 今日の槐樹はまことによき遺風を残し、 なお旅人を招いて幾度も立ち止まらせ給う。 馬車は華やかに、四頭の駿馬が誇らしげに列をなし、 私は長く異郷をさまよい、この身を過ごして来た。 誰が思いあっただろうか、故郷の丘々がこれほど赤い色を帯び、 水辺の町を香り高い蓮が取り巻いているとは。 古い鷺の巣のそばに、私のつつましい家あり; 追放された流浪の身として、私は遠くまでさまよい歩いた。 毎年夏の正午、再びこの道を通るとき、 道沿いに並ぶ槐の木陰を見いだすことを、私は心から喜ぶ。 旅人はいつまた鞍に跨って帰るのか―― 家を離れる者は、帰りがたきことをよく知る。 水辺には小さな亭が私を憩いに招き、 槐の風は吹き抜けるが、その冷気はいささか鋭い。 集まりと別れは移ろいやすく――これこそ運命の定め; それでも別れの折、私の胸には未練の重みがのしかかった。 さて、五百年余の歳月が過ぎ、 移り住んだ人々を振り返っても、なお私は物思いに沈む。

古代のイナゴノキに寄せる思い

ワン・カイ

天は、人と土地とが互いに交わり合うよう定められていた。ゆえに人々は、それぞれ北へ、あるいは南へとさまよい歩いた。イナゴの木は今日なお、その美しい痕跡を残しているが、それでもなお、旅人は幾度となく足を止めざるを得ない。

馬車に四頭の馬を従え、栄光はまばゆく輝く――この生涯、私は長きにわたり異国の地をさまよい歩いてきた。まさか、故郷の風景が赤々と燃え盛っているなど、誰が思いあっただろう――紅蓮の花々、その芳しい香りは水辺の町の周囲にいつまでも漂い続けている。

道端の古き鶴の巣は我が家、追放された旅人として、私は世界の隅々までさまよい歩いた。夏の正午に再びその道を通りかかるたび、槐の木陰に覆われた小径が両側へと延びているのを見ると、心から嬉しくなる。

旅人はいつ再び鞍に跨り、帰還するのだろうか。家を出た身ならば、帰るとは容易ならぬことと心得るべきである。水辺には亭が立ち、しばしそこに留まりたいものだが、槐の花を乗せた風は吹き抜けていき、冷気に身を震わせるばかりだ。

別れと再会は運命の営みにすぎないとはいえ、あの日の別れのぬくもりはなおも心に残っている。いまや五百有余年の歳月を経て、昔の移住者たちを振り返ってみても、いまだに胸のうちに茫洋たる思いが募るばかりである。

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洪通の大イチョウ