大槐樹に寄せる五首の絶句、四章
2018-01-30
大槐樹に寄せて五首の quatrain — 趙徳潤 郭の道すじには、三里や四里ごとに 長い亭が短い亭とつながりゆく。 桑も梓も、我らの思いを宿すかのように 群れ立つ蟻のあいだで、寄生蜂の物語が語られる。 植民の初めの頃、 布にくるまれた幼子を抱きながら、彼らは西方よりやって来た。 かつて周の道はここを貫いていた; 槐の木陰のもとで、語り合いのひとときが紡がれる。 古木はその心臓部が半ば空洞となり、 新たな芽はこぶのようにふくれ上がり、ねじれた瘤へと育つ。 蓮池には夕涼みが訪れ、 風は影を揺らし、舞うようにそよぐ。 松と柏は幾多の春と秋を見てきたが、 旧い槐はなお、ついに息を引き取るまでには至っていない。 南柯の夢は一国の臣下のものにすぎず、 万古のあいだ、なお楊公の領地であり続ける。
大槐樹に寄せる五首の絶句、四章
(介休)趙徳潤
郭によれば、三里または二里ごとに、長い亭が短い亭とつながっている。桑も梓も宿主となり得る;アリの群れは寄生バチを示している。
植民地化の初期、西方から旅する人々は乳幼児を背負って道を進んだ。周の道はその往来を物語り、淮安では往時の逸話が語り継がれている。
古木は、その心臓部が半ば空洞となりながらも、こぶのように瘤を膨らませた新芽を宿す。蓮池のほとりには、夕涼みが訪れ、そよ風がゆれる影を揺らす。
松と柏は幾多の春と秋を耐え抜いてきたが、老いた槐はいまだにその最後の息を引き取ったばかりである。南柯の国はあくまで一介の属国にすぎないが、永遠の時を超えてなお、楊将軍の領地であり続ける。
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洪通の大イチョウ
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