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古代の槐の木の地への頌歌
2018-01-30
古木の槐の地に捧ぐ歌 (同郷人の作) 王雨英(漢鎮) 思い起こす、かっての昔、賢明なる先見と慈しみ深い計らい――わが家の庭には、三本の老槐が植えられた。ひとつの根から、かつては一体となって芽生え、いまや幾千もの枝に分けられて咲き誇る。 明の初年に、天下が新たに開かれし折、人々は故郷を離れ、あちこちへと散りゆく。大槐林には群れをなして集い、やがてそれぞれ異なる道へと分かれていく。故郷を去る切なさ、驛舎でのささやき――楚州、燕、兪、魯――いずれも、故郷を離れた人々の嘆息を物語る。 路傍には、広大な面積にわたって木陰が広がり、枝が互いに絡み合い、緑の天蓋を成す。壮健な男たちは鍬と鋤を担ぎ、年長者も子どもも同じ荷馬車に乗って共に旅する。行く先々で荒野を切り開き、土を耕し、新しい住まいに桑や麻を植えていった。 さて、五世紀の歳月が流れ、幾世代もの人々が繁栄し、瓜のように実を結ぶに至った。皆、洪雅の地を称え、誰ひとりとしてそれを故郷と間違える者はいない。大槐はなおも古き遺跡として残り、そのそびえる巨木は今もなお誇りの象徴である。その木陰は数えきれない命を包み込み、その名は古来より尊ばれる樹木として、いつまでも語り継がれる。 新たに楼閣が立ち、その石碑には法華経の教えが刻まれた。同胞への深い思いが私たちを結び、遠くとも近くとも、心は一つに通じている。
古代の槐の木跡への頌歌
(地元住民)ワン・ユーユイン(ハン・ジェン)
古の賢人の教えを思い起こし、わが家には三本のイナゴノキが植えられました。ひとつの根を共有しながら、私たちは幾多の枝に花を咲かせています。
明王朝の創建初期、帝国がまだ誕生したばかりのころ、人々は各地へ移住させられ、広く散らばっていった。大きな槐の木の集会所において、彼らはそれぞれ異なる道をたどりながら、遠い異郷へと送り出された。
故郷から遠く離れた宿駅にいるという感慨が、幾多の声を呼び起こす。滁州では、燕・兪・魯――いずれも故郷を離れてしまった者たちが、懐かしさに胸を締め付けられ、ため息をつく。
道端には、広大な面積を覆う木陰が広がり、枝と小枝が互いに絡み合っている。たくましい男たちが鋤の刃を担ぎ、老いも若きも同じ荷馬車に乗り合わせている。
彼が行くところ마다、荒れ地を切り開き、桑と麻を植えた。さて、五百年の歳月が流れ、その子孫は繁栄し、その富はまるで瓜の蔓に実る果実のごとくである。
誰もが洪雅の地について語りたがり、その故郷を間違えることはほとんどない。あの大きな槐の木には今もなお往時の面影が残り、そびえ立つ巨樹はいまだに誇りに値する。
遠くからすべての生きとし生けるものを護りつつ、尊い古木をたたえている。碑亭は新たに建立され、経塚には法華経の経文が刻まれている。
民族の絆は深く、故郷への思いは近き者にも遠き者にも温かさをもたらす。馬車をひととき停め、昔を懐かしむ。遥か彼方を見やれば、夕日が低く傾いている。
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洪通の大イチョウ
