移民の村
2022-12-21
孫丹陀は大葛村郷の南南西に位置する。 3キロ地点。人口は260人、漢族。耕地面積は950ムーである。もともと山陀村と称され、古代に山氏によって開かれた。村の位置がラクダのこぶに似た高台にあり、そのことから山陀村と名付けられた。明の永楽年間初期、山西省洪洞県から孫氏が移住して当地に定住し、その後、外縁に嫁いできた艾氏も加わった。1942年、艾・孫の二姓がそれぞれ家を分けて、東側の孫氏居住地は「孫山陀」と呼ばれるようになった。 (衡水市誌)
アイダン・トゥオは、ダゲツン郷の南南西に位置している。 3キロ地点における人口は910人で、全員が漢族である。耕地面積は3,300ムーに及ぶ。もともと「山駝村」と称され、古代より山氏によって開かれた村落である。村がラクダのこぶに似た高台に位置することから、「山駝村」と呼ばれるようになった。艾氏は明初に山西省洪洞県から移住し、棗強県紫済に定住した。二代目には一部の者が地元の家族に嫁ぎ、次第に有力な家系として定着していった。今日に至るまで、二十二代にわたり継承されている。1942年、艾氏と孫氏の二大姓により村内の統治が分担され、艾氏が主に西半部に居住したことから、「艾・山駝」と称されるようになった。
出典:衡水市地名誌( 1985年5月)
張砲荘は大葛村郷の北北東に位置する。 5.5キロ地点。人口660人、漢族。耕地面積は1,920ムーである。この村の旧称は張家荘であった。地元の伝承によれば、清朝乾隆帝の在位30年、衡水市の滏陽河に架かる安済橋の建設工事が行われていた頃、村の豪農・張三飛は県政府から度々招かれ、会議に出席していたという。彼はその影響力と大仰な言辞を好む性格から「張大炮」というあだ名で呼ばれた。やがて次第に村名は張砲荘へと変化していった。なお、張姓は明代初期に山西から移住してきた人々によってもたらされたと伝えられている。
出典:衡水市地名誌( 1985年5月)
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洪通の大イチョウ
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