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姓の「司徒」

2021-05-21


司徒姓に関する最も古い記録は、唐代の『元和姓纂』に見られる。
【姓の由来】この姓には主に二つの源流がある。① 官職名に由来する姓である。殷・周の時代、行政制度には「司徒」という官職が設けられ、青銅器の銘文にはしばしば「司徒」または「司土」と記される。この職に就いた者の子孫が、「司徒」を姓として受け継ぐ例も見られる。② また、姚姓に由来する場合もある。『帝王世紀』によれば、舜はかつて堯帝のもとで司徒を務めていたとされ、その結果、舜の子孫の一部が、彼が担った官職の名称にちなんで「司徒」を姓としたと伝えられている。
【氏族の起源】司徒姓の主要な出自は趙郡である。漢代において、高祖は秦の旧・邯鄲郡を改めて趙国とし、その後、東漢の建安年間に趙郡と改称された。これは現在の河北省中部に位置する趙県および邯鄲市一帯に相当する地域であった。
【堂聯】司徒家の堂聯にはこうある。「漢にあっては、安平の illustrious 陽(司徒蘇);姚の朝においては、微妙なる礼と経典がなお残る(禹舜)。」「漢にあっては、安平の eminent statesman(司徒蘇);恩州にあっては、最高位の noble scholar(司徒卓)。」
【著名な人物】『中国姓氏大辞典』には司徒姓の例が三件収められ、『中国歴代人名大辞典』には一件掲載されている。司徒姓を称した歴史上の人物としては、春秋時代の陳国に高位の重臣・司徒貞子がおり、また司徒斉も記されている。唐代には、沢州の出身で国子祭酒を務めた司徒穎がいる。宋代には、司徒易が礼部侍郎や集賢殿学士などの職を歴任した。明代には、溧水の出身で遼陽鎮守の武官を務めた司徒華邦がいた。
【祭壇厨子】大イチョウの下にある宗祠の第10号祭壇厨子には、シトゥ氏の先祖位牌が祀られている。

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洪通の大イチョウ