ふるさと文化


六(ろく)姓

2019-04-17


その系譜は燕氏に遡り、高陶を始祖とする。明代には、洪洞の大槐樹に由来する六つの姓氏が、平陽府・洪洞県・趙城県など各地の出身者によって受け継がれた。明初、朝廷の命により、これらの家系は洪洞の大槐樹の地に集められ、各地の遠方へと移住させられた。清末には、その子孫は河南・山東・河北・北京・天津・山西など広く分布した。この六つの姓についての最も古い記録は、南宋の『通志・氏族略』に見られる。【姓の由来】この姓は燕氏の流れに由来する。『万姓統譜』によれば、古代の部族長・高陶は燕氏に属し、その子孫は後に六つの国を建てたが、その旧領は現在の安徽省北部・六安にあたる。春秋時代の魯の文公五年、楚が六国を征服した際、それらの国の君主の子孫は、もとの国名「劉」を姓として採用した。【著名な人物】『中…

その系譜は燕氏に遡り、高 Yao を始祖とする。明代には、洪洞の大槐樹を起源とする六つの姓氏が、平陽府・洪洞県・趙城県などの地域にいずれも登録された。明初、朝廷の勅命により、これらの家系は洪洞の大槐樹の地に集められ、各地へ移住させられた。清代末期には、その子孫は河南・山東・河北・北京・天津・山西など広く分布した。これら六つの姓氏について最も古い記録は、南宋の著作『通志・氏族略』に見られる。

【姓の由来】この姓は燕氏に由来する。『諸姓総譜』によれば、古代の部族長であった高 Yao は燕の血統に属し、その子孫が六国を興したとされる。その旧領は現在の安徽省六安市の北部にあたる。春秋時代の魯の文公五年、楚が六国を征服した際、六国の君主の子孫たちは、もとの国名である「劉」を姓として採用した。

【著名人物】『中国歴代人名辞典』には、劉姓の例が二件記されている。清代には、この姓をもつ歴史的に著名な人物が六十七人に上った。そのなかには、満洲人のジュ・ルーという人物もおり、かつて台湾を巡幸し、「荒野詩集」「台湾雑詩」「台湾土著村落風散図考」などの著作を残した。また、もう一人の著名人物は、江蘇省江陰出身で「貢生」の身分にあった劉成儒である。彼は、趙洛が編纂した『清朝天下全図』を手で描き上げたほか、三巻本の『年表』も編纂した。

【人口】第四回全国人口センサスの結果によれば、山西省には六つの姓氏があり、その総数は九人である。

【祭壇厨】大槐樹の下にある祖霊殿の第6号祭壇厨には、六姓の先祖位牌が祀られている。

【移住】景海の六姓の先祖系は、洪洞の大槐樹に由来し、明初に山西省洪洞から天津市景海県胡連荘村へと移住した。

キーワード:

洪通の大イチョウ