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曹県北西部の趙寨出土の銘文

2019-01-14


当一族は趙姓を称し、その発祥は俊水にあります。明の永楽二年、初代祖である趙有良公は勅命を受けて、息子・翔を伴い、山西省洪洞より河南省宜陽の東北隅へと移住し、占いの棒をもって吉凶を占ったうえで定住いたしました。二代目、弘治二年に至り、故郷は黄河の洪水により一帯が流されてしまいました。そこで、三代祖にあたる趙利・趙智の兄弟は、伽羅木の一欠片を携えて嘉禄河東岸へと移り、土地を測量し、家屋を建てて、平和で豊かな暮らしを築きました。やがて子孫は次々と増え、その数は数千に及ぶに至りました。 今日、国家は安泰となり、民は衣食ともに恵まれるなか、新たに加筆し、精緻な彫刻を施したこの碑を建立いたしました。これは、先人の遺徳を後世に伝え、子孫の敬意を表すとともに、現代の子孫たちの願いを込め、先祖の功績を顕彰するものであります。建碑は一九八六年十二月のことです。

当一族は趙を姓とし、俊水を発祥の地とする。明の永楽二年、始祖である趙有良公は勅命を受けて、その子・翔を率い、山西の洪洞より河南の宜陽東北の辺境へと移住し、早頭の吉凶を占って定住した。二代目にして弘治二年、故郷は黄河の洪水により一帯が押し流されてしまった。そこで、三代目の趙利・趙智の兄弟は、証として一本の檀木を携え、嘉禄河の東岸に移り住み、土地を測量して家を建て、平和で豊かな暮らしを築いた。やがて子孫は次々と増えて、ついには数千人に及んだ。今日、国家の安泰と繁栄の御世にあって、衣食ともに恵まれるなか、われらはこの碑を建立し、新たな言葉を刻んで、往時の栄誉をたたえ、現在の繁栄を祝うものである。当代の人々の心は、後世に遺すべき伝統を守り、先人の美徳を称揚し、子孫の敬慕の情を表すことに尽きている。

1986年12月に建立された。

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洪通の大イチョウ