ヤン姓
2018-09-27
この家系は、燕季子を始祖とする燕氏に由来する。明代には、平陽府・洪洞県・趙城県などに起源を有する燕氏が、皇帝の勅命により一帯となって各地へ移住させられ、その集合地点は洪洞の大槐樹とされた。清代末期には、その子孫は河南・山東・河北・北京・天津・陝西・甘粛・安徽・江蘇・湖北・湖南・山西など各地に広がっていた。燕姓に関する最も古い記録は、南宋時代に編纂された『姓苑』に見られる。
【姓の由来】この姓には主に二つの源流がある。① それは紀氏に由来するものである。『左伝』によれば、春秋時代、呉国に紀札という貴族がおり、周の諸樊王の弟であった。彼は鄢陵に封ぜられ、鄢陵紀子と称され、のちに州来にも封ぜられて、鄢州來紀子とも呼ばれた。その子孫は姓を鄢とした。② 古代の少数民族の姓に由来するものである。『漢書・西域伝』には、西域諸族の中に「鄢」姓があったと記されている。さらに『魏書・官氏志』によれば、北魏には鮮卑の三字姓である「柯地延」があり、魏の孝文帝の時代に中原へ移住したのち、漢人の姓「鄢」へと変化したと伝えられている。
【著名人物】『中国姓氏大辞典』には、姓が「燕」の人物が四名記されている。この姓を有する歴史上の人物としては、漢代に膠東太守を務めた燕光、東漢期に南陽の出身である燕岑、さらに明代には平定出身で、成化年間に寧州知州を務めた燕鼎之が挙げられる。
【人口】第四回全国人口調査によると、山西省には姓が「閻」の者が6,637人おり、そのうち臨汾市に259人、洪洞県に2人がいます。 【祭壇櫃】閻氏の先祖位牌は、大槐樹下の宗祠にある第5号祭壇櫃に祀られています。
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洪通の大イチョウ
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