杜氏の移住した始祖たちの系図
2018-03-23
杜大荘は、妻と二子を伴い、明初に洪洞より東明の劉口へ移住し、さらに菏澤西南の大槽荘へと転居した。杜徳は洪武年間、洪洞より長垣東南三十里の杜店へ移った。杜永子は明初期、洪洞より清河の杜家塘へ移住した。杜成は二子の文治・文利とともに、洪武元年に洪洞より定陶の黄店へ移った。杜公(次男)は洪武年間、太原の石子河より曹県の翟家荘へ移った。以上は王文廷『洪洞移民始祖表』より抜粋したものである。
杜大荘は、妻子と二人の息子とともに、明初に洪洞から東明の劉口へ移住し、のちに菏澤の南西部にある大荘へと転居した。
洪武年間、杜徳は洪洞から長垣の東南三十里にある杜店へと移された。
杜永子は明の初期に、洪洞から清河の杜家塘へと移住した。
杜成は、二人の息子である文志と文利を伴い、洪武元年に洪洞から定陶の黄店へと移住した。
杜公(次男)は洪武年間に、太原の石子湖から曹県の翟家荘へ移住した。
王文廷の「洪洞移住民の始祖表」より抜粋
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洪通の大イチョウ
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