曹氏の移住した始祖一覧
2018-03-12
曹氏は洪武年間に洪洞から曹の東南49里にある曹荘へ移住した。嘉靖年間には曹建文が洪洞より曹の東南46里に位置する曹官廟へと移った。また、嘉靖年間に曹平天も洪洞から定陶の曹楼へと移住した。永楽年間には曹普輝が潞城より定陶北西部の曹楼へとやって来た。洪武元年に曹普剛は潞城より定陶へ移り、さらに永楽年間に一度、曹の北東13里にある李塘へと転居した。洪武二年には曹栄が洪洞より曹県西南8里の曹河へと移住した。永楽二年には曹景(およびその子)が潞城より曹県東49里の曹荘へと移った。また、洪治年間に曹北魁・曹北輝・曹北洲らは曲沃から洪洞へと赴き、その後彭城に定住した。以上は王文廷『洪洞移住始祖表』からの抜粋である。
洪武年間、曹宇は洪洞から移住し、曹の東南49里に位置する曹荘に定住した。
嘉靖年間、曹建文は洪洞から移住し、曹の東南四十六里に位置する曹関廟へと赴いた。
曹平天は嘉靖年間に洪洞から定陶の曹楼へ移住した。
曹普輝は永楽年間に魯城から定陶の北西に位置する曹楼へと移転した。
曹普剛は洪武元年に魯城から定陶へ移され、永楽年間には再び曹の東北十三里にある李塘へと転封された。
洪武二年、曹栄は洪洞より移り、曹郷の西南八里なる曹河に住んだ。
曹靖は、息子を伴い、永楽二年に魯城より曹県東方四十九里に位置する曹荘へと移住した。
洪治年間に、曹北奎・曹北輝・曹北周は、曲沃から洪洞へ移り、のちに彭城に定住した。
王文廷の「洪洞移住民の始祖表」より抜粋
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洪通の大イチョウ
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