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移住した焦氏の始祖一覧

2018-03-12


永楽年間に、焦翔は南京から洪洞へ逃れ、のちに清河の焦寺佛に定住した。焦品傑もまた永楽期に、洪洞から清河の焦三店へ移った。焦勲は永楽の治世に、洪洞から清河の焦家塘へ転居した。焦十二は明初、高平の唐王頭村から河北へ移住し、その際の年齢は十二歳であった。焦大祖は高平より明初期に新河の沈家荘へ来た。焦二祖は新河の蔡園村へ、焦三祖は新河の梁家荘へそれぞれ定住した。焦七星三は永楽二年に二十歳で、洪洞の焦荘から河西の胡村へ移った。長男は移住せず、次男は父に従って洛陽へ赴いた。以上は王文廷『洪洞移民始祖表』より抜粋したものである。

永楽年間、焦翔は南京から洪洞へ逃れ、のちに清河に定住し、焦師傅と称されるようになった。

焦氏一族は、永楽年間に洪洞より清河の焦三店へと移住した。

焦循は永楽年間に洪洞から清河の焦氏の家系へと移された。

焦十二は、明の初期に高平・唐王の頭村から河北省へ移住した(当時12歳であった)。

焦大祖は明の初期に、高平から新河の申家荘へ移住した。

ジアオ・エルズは新河の蔡園村へ移り住んだ。

焦三祖は新河梁の賈荘へ移った。

焦七星は三男で、永楽二年に二十歳のとき、洪洞の焦荘から沙河の西岸にある胡須村へ移り住んだ。長男は転居せず、次男は父に従って洛陽へ赴いた。

王文廷の「洪洞移住民の始祖表」より抜粋

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洪通の大イチョウ