大いなるイナゴの木からの移住に関する簡潔な記述
2018-01-30
大槐樹の大移動についての一端(山西)――王志華 昔々、元朝の末年に戦乱が絶えず、中原は荒涼として人口もまばらであった。ただ河東だけは自然の特別な恵みを受け、戦禍を免れ、民は繁栄していた。 永楽・成化の両帝の治世に至っては、中原には九度にわたる大移動が起こった。人々は新天地を求めて河南・山東・陝西・甘粛へと押し寄せ、南は淮河流域まで、北は幽燕にまで足を伸ばした。誰ひとりとして故郷の土を愛さぬ者があろうか。故郷を離れ、生まれ育った土地を去るのは、実に哀れなる境遇である。 こうした移動のおかげで、かつては荒涼だった平原は再び活気を取り戻し、中原の人口は力強く増加していった。 明末清初、満州の軍勢が江南地方に攻め入るや、殺戮と残虐の波が押し寄せ、城は灰燼に帰した。動乱と避難に追われた人々はますます遠くへとさまよい、福建・浙江・湖広、さらには台湾にまで定住していった。 今日に至るまで、私の胸は故郷への道を懐かしみつつも、帰還はいっそう遠のいていくばかりだ。南斗の方角を見つめるたびに、私は故郷の山々を思い浮かべる。 目の届く限り、そこに立つのはわが故郷の大槐樹。手に香炉を持ち、永遠の南方へ祈りを捧げる。
大いなるイナゴの木からの移住に関する簡潔な記述
(王志華、山西省)
元末の動乱の年月を思い返せば、中原は荒廃し、人烟もまばらであった。ただ河東のみが天の恵みを受け、戦禍を免れ、民は繁栄していた。
永楽・成化の両帝の治世に至るまでに、九度にわたる移住によって中原は確固たる基盤を築いた。豫・魯・陝・甘の諸州の人々は新たな土地を求め、南へは淮・海地域へ、北へは幽・燕の地へと広がっていった。
人たる者、郷里を愛さぬ者はあらんか。故郷と祖国を離れ去ることは、まことに哀れなることである!かつて盗賊と略奪者に蹂躙されし中原は、今や清められ、中原の民は安寧にして豊かに暮らせるに至った。
明の時代、清軍が江南地方に押し寄せた際、私の弟・ファは虐殺を逞え、言語に尽くしがたい残虐さを振りまいた。各地を漂いながら流浪し、その荒廃を福建・浙江・湖広、さらには台湾にまで及ぼした。
今日に至るまで、私の心はまるで故郷への帰還が幾多の難に満ちているかのように感じられる。南斗を仰ぐたびに、私は故郷の山々を眺める。生まれた地の果てまでも見届け、大きな槐の木がそびえるその地で、私は永遠の南山にひとすじの香り高い祈りを捧げる。
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洪通の大イチョウ
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