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「用を足す際、手は背中の後ろに組み、両手を合わせる」

2023-04-27


伝説によれば、明の初期、地方官が人々を移住させた際、各地の県から集められ、洪洞の大槐樹の地へと連れてこられた移民たちが、故郷を懐かしみ、道中で逃げ出してしまわないよう、当局は全員の手を背後で縛り、長い旅路に出る前に互いに綱でつなぐよう命じたという。護送の途中、旅人が衛兵に「お師様、ちょっと用を足させてください――厠へ行かせていただけますか」と頼むのはよくあることだった。やがてそのお願いは「藉手」と短縮され、やがて便所へ行くことの婉曲表現として定着した。こうして「藉手」は、すなわち厠へ行くことの代名詞となった。次々と波のように多くの移民が四方八方に旅立ち、新たな家を築いていった。そして、故郷で慣れ親しんだ「藉手」という言葉は、幾十年、幾世紀にもわたり受け継がれ、やがて子孫たちの日常の語彙へとゆっくりと織り込まれていった。一方、洪洞では、「藉手場」という呼称が、もはや独立した便所を指すようになった。

背の後ろに手を組んで歩く習慣は、大槐樹の近くに定住した移住者たちの間から生まれたとも伝えられています。移住の際には、人々が逃げ出さないよう、旅の途中でしばしば手を背中合わせに縛り付けられました。長きにわたる道中の日々を経て、やがてそれは一つの習慣となり、今日でも、大槐樹周辺の地域からやって来た人々の子孫たちは、なおこの風習を守り続けています。

もう一つ、手にまつわる言葉に「連手」があります。今日でも、洪洞をはじめとする多くの地域では、友人を「連手」と呼びます。それは、移住者が新たな土地へと旅立つ際、しばしば一本の縄で互いの手を結び、手を取り合って進んだからです。長い旅路の末、喜びも苦難も共に分かち合いながら、やがて辿り着いた先には、逆境のときこそ真心を示す真の友としての姿が見られるのです。この語は通常、きわめて親密な仲間を表すのに用いられ、とりわけ深い絆で結ばれた相手にのみ使われるものです。

先にご紹介する文化的な小品は、さきほどご説明した“用を足す”という場面そのものを描いています。よくご覧ください。彫刻の中央に立つ二人目の人物と三人目の人物が、移民たちが身の回りの用を済ませるのを手助けしている様子を生き生きと表現しています。さらに、彫刻の中央には空いた空間が設けられており、やがて皆さまもそこに立って、旅路の途中で移民たちがどのような思いで過ごしていたのかを体感できるようになります。

キーワード:

洪通の大イチョウ