チャン姓
2021-06-01
始祖は常洪である。明代には、平陽府・洪洞県・趙城県などに起源を有する常氏一族が、王朝の初期に洪洞の大槐樹の下へ集められ、各地へ移住するよう命じられた人々の一つであった。清代末期には、その子孫は河南・山東・河北・陝西・安徽・江蘇・山西など各地に広がった。常姓についての最も古い記録は、東漢の著作『潜夫論』に見られる。
【姓の由来】この姓には主に二つの源流がある。① 周代の重臣・昌洪の子孫に由来するもので、『通志・氏族略』によれば、周代の高官であった昌洪の子孫の一部が、先祖の名にちなむ「昌」の字を姓として採用したとされる。② 古代の少数民族の姓に由来するもので、『張産碑文』に記されているように、蜀の夷族の首長のうちにも「昌」という姓を称する家があった。
【氏族の起源】昌氏の主要な祖伝の封国は、魏郡と東平郡である。魏郡は、漢高祖十二年(紀元前195年)に設置され、その管轄地域はおおよそ現在の河北省魏県、河南省浚県、山東省冠県に相当する一帯に及んだ。その行政の中心地は鄴県(現・河北省臨漳県南西部)に置かれていた。
【堂聯】張氏の主要な堂聯は次のとおりである。「金墨は筆に易く」(張鳳)、「緑血の池は怨を葬る」(張洪)。
【著名人物】『中国歴史人名大辞典』には、姓「常」の例が四件収められている。この姓を名乗った歴史上の人物としては、東周時代に重臣・常鴻、漢代に常貯恒、三国時代に袁術配下の将軍・常努、唐代に大暦年間に奉天県令を務めた常宗および筆工の大家・常豊、後唐時代に陳州の出身で河陽三城節度使となった常従簡、さらに清代に乾隆年間に科挙に及第した常世舟などが挙げられる。
【人口】第四回全国人口調査によると、山西省には姓が「常」の人が32人おり、そのうち臨汾市に2人が居住している。
【祭壇櫃】長氏の先祖牌は、大槐樹の下にある宗祠の第3号祭壇櫃に祀られている。
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洪通の大イチョウ
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