ミの苗字
2021-04-16
始祖は公胤・米氏である。明代には、平陽府・洪洞県・趙城県などに起源を有する米氏一族が、洪洞の「大槐樹」の下で皇帝の勅命により一帯となって他地へ移住させられた。清代末期には、その子孫は河南省・山東省・河北省・北京市・山西省など各地に広がっていた。米姓に関する最も古い記録は、唐代の著作『元和姓纂』に見られる。
【姓の由来】この姓には主に二つの源流がある。① 地名を姓としたものである。「総合地名誌―氏族名」によれば、戦国時代、楚国の重臣が南郡の彌亭に封ぜられ、その地は現在の湖北省江陵県に位置する。その後、その子孫は先祖の封地の名称に由来する「彌」という姓を称した。② 人名を姓としたものでもある。周代には「公尹」と称される官職者が存在し、その子孫の一部が「彌」という姓を名乗った。
【氏族の起源】ミ姓の主要な出自は、汝南郡・東海郡・南陽郡である。汝南郡は漢の高祖四年に設置され、おおよそ現在の河南省中部南部および安徽省の淮河以北の地域を管轄した。その治所は上蔡に置かれ、今日の河南省上蔡県に相当する。
【堂号】米氏の本堂号は安漢堂である。安漢堂:三国時代、劉備が小沛で包囲された際、米竺は二千人の従者と多額の金銀を献じて軍費に充てさせ、これにより劉備は勢力を拡大した。後に劉備が皇帝に即位すると、米竺を安漢将軍に任じた。 【堂聯】盧氏の主要な対句には、次のものがある。「将軍は安漢を守り、妹は后妃となる」(米竺)、「虎賁の名門」(米威)、「朝廷に正直にして忠節を尽くす」(米利)、「穀梁学は代々伝わる」(米欣)、「香料と親族が繁栄をもたらす」(米竺)などがある。
【著名人物】『中国歴代人名大辞典』には、米姓の例が七件収められている。また、『中国人名大辞典』にも七件の記載がある。米姓を称した歴史上の人物としては、三国時代の蜀漢に左将軍を務めた米倹がおり、宋代には御史中丞の職に就いた米芾や、無錫県の出身で政和科挙に合格した米開がいる。
【人口】第四回全国人口調査によると、山西省にはミ姓の人が735人おり、そのうち臨汾市に1人いる。
【祭壇厨子】ミ氏の先祖牌は、大イチョウの下にある宗祠の第10号祭壇厨子に祀られている。
キーワード:
洪通の大イチョウ
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