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農姓

2019-10-08


先祖に当たる創始者は、炎帝と農 Qi である。明代には、もともと平陽府の洪洞県および趙城県に起源を有する農氏の先祖らが、明初期に洪洞の大槐樹の下に集まり、各地へ移住するよう命じられた。清代末期には、その子孫は河南・山東・河北・北京・天津・山西など広く分布するに至った。農姓に関する最も古い記録は、東漢の『風俗通・姓氏篇』に見られる。

【姓の由来】この姓には主に二つの源流がある。① 神農の子孫に由来するものである。「風俗通義」によれば、古代において炎帝・神農は五穀を食して、人類の生活様式を野生動物の狩猟から採集・耕作へと転換させたとされる。そのため、彼は中国農業の祖として崇められている。即位後、尊盧氏の娘と結婚し、三人の男子をもうけた。そのうち一人が農業を本業としたことから、一族の起源を示すとともに「農」を姓とした。② 農 Qi の子孫に由来するものである。漢代、西車師の王・卓の弟である農 Qi の子孫たちは、後に家名を「王」から「農」へ改めた。

【氏族の故郷】農姓の主要な発祥地は雁門郡である。雁門郡は戦国時代に趙の武霊王によって設置され、秦・漢の各王朝にも引き継がれた。その範囲はおおよそ現在の山西省代県周辺にあたり、万里の長城沿いの要衝の一つである雁門関を擁していた。

【堂号】農姓の代表的な堂号は「嘉世堂」である。嘉世堂:神農は民に作物を栽培すること(農耕)を教えられた。

【家廟対聯】農氏の代表的な対句は次のとおりである。「淳安の官職に於いて第一(農有)、国学の名士として名高い(農毅)」「淳安の当代の令(農有)、国学の誉れ高き学者(農志克)」

【著名な人物】農姓を名乗る歴史上の人物としては、元代には農時貴がおり、明代には永楽年間に師範を務めた農毅、荊州学宮の学正を務めた農志克、さらに淳安県令を務めた農有がいる。

【人口】第四回全国人口調査によると、山西省には農姓の人が152人おり、そのうち臨汾市に7人が居住している。

【祭壇厨子】農氏の先祖位牌は、大槐樹の下にある宗祠の第7号祭壇厨子に祀られている。

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洪通の大イチョウ