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姓「シェ」

2019-08-30


この姓は、顧氏に由来し、その始祖は顧大復である。明代には、平陽府・洪洞県・趙城県などに起源を有する顧氏一族が、洪洞の槐樹のもとで皇帝の勅命により一帯となって他地域へ移住させられた。清代末期には、その子孫は河南・山東・河北・北京・山西など各地に広がった。顧姓に関する最も古い記録は、南宋時代に編纂された『姓苑』に見られる。

【姓の由来】この姓には主に三つの源流がある。① 官職や役職に由来するものである。「風俗通義」によれば、古代においては穀倉は国家経済の命脈であり、これを守る官吏は通常支配氏族から選ばれ、その位階は高官に匹敵した。こうした役人は「庫大夫」と称された。やがて、その職名を姓として採用する者も現れ、庫氏が成立し、後に謝氏へと分派した。② 庫門氏族に由来するものである。「魏書・官氏志」に記されるところでは、北魏の時代、北方の諸氏族である庫門氏および庫仁宇氏の一族が中原に移住する際、姓を謝に改めたという。③ 古代の少数民族の姓に由来するものである。「漢書」に対する李賢の注釈によれば、今日の羌族には「シェ」と読む庫姓があり、また巴族にも庫氏が存在し、後趙の庫彭などがその例である。

【氏族の本貫】夏氏の主要な本貫は松陽県である。南宋時代に編纂された『姓源』によれば、この姓は天台の括蒼に見られたという。東漢の建安四年には松陽県が置かれ、その治所は現在の浙江省遂昌県南東部にある古市鎮にあった。さらに、隋の開皇九年には括蒼県が設けられ、その治所は現在の浙江省麗水県南東部に位置していた。

【氏族館の名称】謝氏の主要な氏族館の名称は、扶義館と晋城館である。扶義館と晋城館:漢代において、謝俊は晋城太守を務め、扶義侯に封ぜられた。

【堂額対聯】謝氏の主要な堂額対聯は次のとおりである。「晋城に徳を以て名高く、義に助くことにより侯に封ぜられたり」(謝鈞)。

【著名人物】『中国歴代人名辞典』には、「佘」という姓の記載が十二件ある。この姓をもつ歴史上の人物としては、漢代に金城太守を務めた佘俊がおり、隋代には佘薩がいた。

【人口】第四回全国人口調査によると、山西省には「賈」姓の人が436人おり、そのうち臨汾市には36人いる。

【祭壇厨子】大槐樹の下にある祖廟の第7号祭壇厨子には、夏氏の先祖牌が祀られている。

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洪通の大イチョウ