趙家の家訓
2019-06-19
家訓:皇族および王公貴族たる者は、まず自らを律し情欲を慎み、諫言に従い、過ちの指摘を謙虚に受け入れねばならない。衣を着るときは絹を織る婦人の苦労を思い、食事をするときは田畑で汗を流す農民の勤労を忘れずにいたい。 説明:皇族たる者には、自らには厳しく、他には慈しみをもって接し、心を落ち着かせて均衡のとれた気質を保ち、身のこなしにも礼節を尽くすべきである。師や年長者の導きには謙虚に耳を傾け、常に受け入れるべきである。衣を身につけ、あるいは食事をするたびに、織り手や耕作者の辛苦を念頭に置きたい。
家訓:皇族・王公たる者は、まず自らを慎み、情欲を律し、諫言に従い、悔悟を受け入れねばならない。衣を着るときは、養蚕の婦人たちへの慈しみを抱き、食を摂るときは、田畑で汗を流す農民たちを思い起こさなければならない。
定義:王族の王子たる者は、自らには厳しく、他者には寛大で、心は穏やかにして均衡を保ち、身のこなしは礼儀正しくあるべきである。さらに、師や年長の尊い方々の導きを謙虚に受け入れねばならない。着る衣も食べる食事も、常に織工や農民の辛苦を念頭に置かなければならない。
起源:
宋の太宗・趙光義(939年~997年)は、初めは匡義と名乗り、後に光義と改めた。太祖・趙匡胤の弟に当たる。建隆元年(960年)には禁軍の総司令官を務め、開宝元年(973年)には晋王に封ぜられた。在位中は、兄が打ち立てた各割拠政権を逐一討伐する戦略を継承し、五代十国を統一するとともに、封建体制下における中央集権的専制政治を一段と確固たるものとした。趙光義は、五代以降において文武両道に秀でた初めての君主であり、勤勉かつ清廉に治め、倹約を重んじて、後世に至るまで高い評価を受けた。
キーワード:
洪通の大イチョウ
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