ユウ姓
2019-03-19
その始祖は于ティである。于姓の最も古い記録は、南宋時代に編纂された『興元』に見られる。【姓氏の由来】主な源流は三つある。①国名に由来する姓。古代、扶余国は現在の吉林省双城以南の地域を領有し、北は遼寧省昌図にまで及んでいた。『北史』によれば、百済の王は扶余の姓を称し、その子孫が後にこれを略して于としたという。②姬氏に由来する姓。春秋時代、呉の王族の末裔の中に扶余の氏が現れ、やがてこれを略して于となった。③姒氏に由来する姓。越の王・句践の次男・ティは欧余山の南麓を守り、その子孫が于の姓を称した。欧余山は現在の浙江省武興県の東方に位置する。【氏族の本貫】于姓にまつわる著名な本貫は雁門郡である。雁門郡は戦国時代に趙国によって設置され、秦・漢の各王朝にも引き継がれた。
その始祖は于頤である。于姓に関する最も古い記録は、南宋時代に編纂された『興元』に見られる。
【姓の由来】この姓には主に三つの源流がある。① 国名を姓としたものである。古代、扶余国は現在の吉林省双城以南の地域を包含し、北は遼寧省昌図にまで及んでいた。「北斉書」によれば、百済の王は扶余の姓を称し、その子孫が後にこれを略して「于」としたという。② 姬姓に由来するものである。春秋時代、呉の王族の末裔の中に扶余という姓が現れ、やがてこれが略されて「于」となった。③ 司姓に由来するものである。越の王・無顕の次男・貞は欧余山の南麓を守り、その子孫が「于」の姓を称した。欧余山は現在の浙江省武興県の東方に位置する。
【氏族の起源】于姓の祖籍は雁門郡である。雁門郡は戦国時代に趙国によって設置され、秦・漢の各王朝にも引き継がれ、現在の山西省代県一帯に位置していた。
【著名人物】『中国姓氏大辞典』には「于」姓の例が四つ記されており、『中国歴代人名大辞典』には七つ掲載されている。歴史上の「于」姓の人物としては、戦国時代の燕国の于崇、南宋の于清、五胡十六国時代の後燕にあって扶余国の王であり、また滎陽太守を務めた于位、隋の于章、唐の于文仲などが挙げられる。
【祭壇厨子】大槐樹の下にある宗祠の第6号祭壇厨子には、于氏の先祖牌が祀られている。
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洪通の大イチョウ
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